1つは体温調節。
汗をかいたあと汗が蒸発するときに熱(気化熱)がうばわれることで体温上昇を予防しているのです。
もう1つは老廃物の排出。
尿や便では排泄しきれない不要物質を汗を通して体外に出しています。
多汗症とは、汗の量が異常に多いために日常生活に支障を来たしている状態のことで、日本人の1~2%(120~240万人!)が多汗症といわれていますが、実際に医療機関を受診するひとは3人に1人だそうです。
日本人のデータはほとんどありません。
海外(欧米)では日本よりも多く、アメリカ人の2。8%!が多汗症という報告もあります。しかも日本と違って握手やハグする機会も多く、日本人よりも深刻なため、多くの研究報告があります。統計学的データを挙げますと、
年齢とともに症状は落ち着いていくようで、明確なデータはありませんが、50歳を過ぎると軽くなるひとが多いようです。
運動をしたり、辛いものを食べたりすると汗をかきますが、それは正常な生理現象。過剰な発汗にはさまざまな原因分類が報告されていますが、ここではそれらを統合して、私なりに分類してみました。
大きく分けて「全身性(generalized)」と「局所性(focal)」の2つに分けられます。ここでは主に特発性と精神的なものについて解説しています。
「汗が異常に多い」と書きましたが、果たしてどれくらいなら異常なのでしょうか?
教科書的には、1人1日あたり700-900mlの汗をかくといわれています。
ある文献によると、1平方メートルあたりの汗が1分間に1mlまでは正常なのだそうです。
また別な文献によると、正常でも片わきで1分間に2mlくらいの汗をかくのだそうです。
下の6項目うち少なくとも2項目あてはまり、異常なほど汗をかく期間が6ヶ月以上であれば多汗症と診断されます。
重度の多汗症
(でんぷんが汗で流れ落ちています)
一般のクリニックでは、汗の量を厳密に測ったりすることは難しいと思います。当院では、ヨード(イソジン)とでんぷんを使った検査法で簡単に汗をかく範囲を知ることができます。
↓左側 ↑右側
ヨードでんぷん法による診断
治療を希望される患者さまに対して、当院ではまず「ヨード・でんぷん法」で汗のかくエリアをマークします。
右上の写真のようにヨードを塗ったのちでんぷんを振りかけると汗をかくエリアが紫色に染まります。
(小学校の理科でやったジャガイモの実験と同じです)
後述する手術でもボトックスでも、治療前にこの検査を行うことで、「取り過ぎ」や「取り残し」のない正確な治療が可能になるのです。
この患者さまは左より右の汗が異常に多いとのことで来院されました。確かに調べてみると左はほぼ正常なのに右はその倍以上も汗をかいています。
右の写真は、他院で手術を受けたにもかかわらず効果がなかったと当院を受診された患者さまです。ヨードでんぷん検査をしたところ、切開したキズの周囲は取れていますが、それ以外ほとんどの部分は取り残されていることがわかりました。
この方法は治療後の効果判定にも利用できます。右下は同じ患者さまで、クアドラカット法手術後の状態です。紫色に染まるところがほとんどありません。
手術は大成功!というわけです。
診断もついた。範囲もわかった。ではどうやって治療するのか?ですが、これが多岐にわたり、しかもそれぞれに一長一短があります。
侵襲の少ないものから順に解説していきます。
汗の分泌は自律神経によってコントロールされています。アセチルコリンという神経伝達物質を抑制する抗コリン剤 (プロバンサイン)を服用することで汗を抑えることが可能ですが、一方で、口が渇いたり動悸がしたりするという副作用もあります。また、瞳孔が開くので車の運転が難しくなることがあります。
もう1つは精神安定剤。精神的に落ち着いていると汗はかかないので、薬で安定をはかると汗も落ち着きます。副作用としては眠気、口渇、便秘などがあります。
漢方薬の中にも保険適用になるものがあります。代表的なのは「⑳防已黄耆湯」。特に色白で筋肉柔らかく、肥満気味、疲れやすい体質のかたは試してみるのもいいでしょう。
20%塩化アルミニウムに10%グリセリンのシンプルな組成。
防腐剤、香料、アルコール不使用。
100ml 2,200円(税込)。
基本的には制汗剤ですが、結果的ににおいも抑えるため、わきがの方にも有効です。
外用薬(塗り薬、ローションなど)は手軽で副作用も少なく、軽症の方には第一選択といえるでしょう。
ドラッグストアに行くと多くの制汗剤が売られていますが、一般的な「汗止め」はこれらで十分事足りますが、わきが・多汗症では無効なことも多いと思います。
← やはり一番効くのは「塩化アルミニウム」
各医療機関で独自のレシピで処方されており、20%前後のものが一般的です。使い方は、コットンなどに適量取りサッとひと塗りするだけ。直後から制汗効果を実感できるひともいますが、普通は数日かかります。寝る前に塗って、朝シャワーなどで洗い流すとかぶれなどを起こしにくくなります。
作用機序ですが、以前は「アルミニウム粒子が汗腺にふたをする」といわれていました。現在ではアルミニウムイオンが汗腺の細胞膜レベルで作用するという考えが一般的です。
市販では「オドレミン」という名前で売られていますが、濃度は不明。値段もやや高めなので、できれば皮膚科や形成外科で処方してもらう方がいいでしょう。
1978年と古いデータですが、「98%の患者に制汗作用が認められた」との報告があります。一方で45%がひりひり感を訴えたとのことです。
「25%塩化アルミニウムにアルコールを混ぜたものを使うと95%に効果がみられた」という文献もありますが、日本人はアルコールに弱いひとも多く、当院処方のものは「アルコールフリー」です。
エクロックゲル5%(科研製薬)
原発性腋窩多汗症(Hornbergerの診断基準
以下2項目以上当てはまる場合に対して2020年11月26日から処方可能となりました。
①25歳以下で発症
②対称性
③睡眠中は発汗しない
④1週間に1回以上
⑤家族歴がある
⑥日常生活に支障がある
有効成分はソフピロニウム臭化物で無色透明なゲルです。
使えない方は、前立腺肥大症、腋窩にかぶれがある、緑内障、妊婦、授乳婦、12歳以下(国内臨床実験をおこなっておりません)です。
作用機序はソフピロニウム臭化物がエクリン汗腺のムスカリン受容体サブタイプ3を介したコリン作動性反応を阻害し、発汗を抑制します。
HDSS(Hyperhidrosis disease severity scale)スコアが2(発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある)以上の方が適応となります。
効果は2~6週間連続の使用で治療終了時にHDSSが1または2(日常生活に時々支障がある~まったくない)であり、治療終了時の両腋窩合計発汗重量のベースラインとの比が0.5以下の患者の割合はエクロック群で53.9%、基剤群で36.4%でありエクロック群が基剤群より17.5%高く、優位差が検証されました。
従来の消臭制汗剤はイオンで汗を抑えるものでしたが、このクリームは殺菌成分により菌の繁殖を抑えることでにおいを抑えるというものです。
実際に論文にもなっており、1日1回の使用で、89%が「有効」もしくは「やや有効」であったとのことです。このクリームは足の臭いにも効くことがわかっています。
制汗ローション同様、汗を抑えることで結果的ににおいも減るため、わきがの方で受けらる患者様も多くいます。
料金
66,000~88,000円(税込)
「内服も制汗剤もいまひとつ、汗は止めたい、でも手術はしたくない」となれば、ボツリヌス製剤の注射という手があります。
両わきや手のひら、額などあらゆる発汗場所に注射することができます。わきの場合、まずヨードでんぷん法で汗の範囲を確認。発汗エリアよりひと回り大きめにマーキング。次に麻酔クリームを塗り30分ほどおくと、注射時の痛みがかなり軽減できます。麻酔が効いたらマーキングの範囲内に1cm置きにごく少量(1単位)づつ、片方で30~50単位、皮内か皮下に注射します。
注射してから4~7日後に効果が出てきます。6~10ヶ月持続するといわれています。
過去の文献では、わきで82%、手のひらでは100%の患者に効果が見られたとのことです。後述する「代償性発汗」もほとんどありませんし、治療費の高ささえ目をつぶれば最もすすめられる治療法かもしれません。
10~20%の患者にプラセボ(偽薬)効果があるとようで、いかに精神的な要素が大きいかという証明になります。
当院では、治療費を低く抑えるために本家アメリカ製ボトックスではなく、韓国で生産されいてるジェネリック薬「ニューロノックス」や「レジノックス」を採用しています。効果は本家と遜色ありません。本家ボトックスが冷凍保存に対して、韓国製は冷蔵でOK。輸送時間を考えても、後者の方が劣化は少なく信頼度が高そうな気がします。
実際の動画をご覧になりたい方はコチラから
(苦手な方は見ないで下さい)
何といっても、手術以上に効果的な治療はありません。ただ、手術にはある程度のリスクが伴います。
この手術が他の美容外科手術と違うところは、「見かけと結果が一致しない」という点です。
つまり、二重や鼻の手術では、見かけがかっこよければそれで成功ですが、この手術はむしろ不十分な手術ほどキズがきれいで、きちんと汗腺を取れば取るほど、リスクは高くなり、キズあとは残りやすくなります。
残念なことに、リスクを恐れて、一部だけ取り除き終了してしまうクリニックもあります。
わきの下の有毛部を切って縫い縮めてしまうという原始的な手術法。ですが以前はこれが主体で、たまに「昔この手術を受けた」という患者さまが来られることがあります。確かに効果テキメンですが、キズの引きつれが強くなることがあります。「保険点数表」には今も記載されていて、自己負担額は後述する剪除法より安く、3万円程度です。
当院では初回からこの手術を勧めることはありません。ただ、他院で不適切な手術を受けたかたの再手術に皮弁法に皮膚切除を併用することがあります。
治療費用は両方で4~5万円。
使う薬や通院回数によって異なります。
実際の手術・症例写真をご覧になりたい方はコチラから。
(苦手な方は見ないで下さい)
現在最も一般的に行われているのがこの手術。
わきに1、2か所4~5cmの切開を入れ、皮膚を裏返して汗腺をじかに見ながらハサミで切除していく方法。「汗腺全て取れるか?」というご質問を受けますがそれは不可能。でも80-90%は取れているといわれています。
手順としては、まず麻酔。
綿を使うかガーゼにするか、縫い付けるかテープで固定するか、固定期間などは術者によってさまざまです。
手術後の経過はおおよそ以下のようになります。
術後1日目(翌日) | 再診していただき、化膿や出血、皮膚の状態などをチェックします。 |
---|---|
術後3日目 | 異常なければドレーンを抜きます。 |
術後5-7日目 | 縫い付けてある綿を取ります。キズを含め全身シャワーが可能になります。状態によってはあと1週間くらい夜のみ綿を挟んで寝ていただきます。 |
術後12-14日目ころ | 抜糸をします。入浴が可能になります。 |
術後3-4週間目 | 肩の挙上が制限なく可能になります。片方づつ手術した場合、この時点でもう片方の手術ができます。 |
よく「再発」についてご質問を受けます。他院で再発と言われたという患者さまが来られますが、きちんと切除されていれば理論的に再発はほとんどないと考えます。剥離だけすると、一時的に神経支配が途絶えたり、腺管が寸断されたためににおいが減って手術成功となりますが、数週間で神経支配が復活したり、腺管が回復したりすると再びアポクリン腺は活動しだします。
ですから、手術直後すごくよくても徐々に戻ってくるようなことがあれば、それは「再発」ではなく、「取り方が甘かった」ということになるかと思います。
その場合の再手術も可能ですのでご相談下さい。
ストライカーという
アメリカ製のシェーバー
以前は剪除法より効果が劣るとされていましたが、シェーバーの改良が進んだため、現在ではほぼ同じ効果が得られます。
傷あとも小さくて済みますし、剪除法よりもトラブルも少なく、何といっても経過が早いのがこの方法です。
欠点は保険が利かないこと。
当院での手術費用は両方で440,000円(税込)。
片方264,000円(税込)です。
ご予算が許すのであれば、剪除法よりもクアドラカットをお勧めします。
※現在、約6割の方が剪除法、4割の方がクアドラカットを選ばれています
この方法は、吸引管の先にシェーバーと呼ばれる歯(内筒)がついていて、汗腺を切除しながら吸引して外に出すものです。掃除機の先に電気かみそりが付いているようなものとお考え下さい。
左:内筒(ギザギザの歯が回転するのではなく、
1秒間に3000往復することで汗腺を除去します)
中:多汗症用の外筒
右:腋臭症用の外筒
エクリン腺とアポクリン腺では大きさが違うのでそれぞれに適した外筒を使います。
わきに局所麻酔をしたのち、腕側と胸側に5mm程度の切開をおき、特殊な剥離器械を使って汗腺と皮下組織の間を剥離します。その後、シェーバーを入れて汗腺を切除・吸引していきます。
切除し終わったら、洗浄して残った汗腺を洗い流し、ドレーンを挿入。剪除法と同じ綿を縫い付けて圧迫します。
経過については、日本語版HPをご参照下さい。
実際は3日後にはドレーンを抜き、圧迫の綿が取れ、1週間で抜糸、2週間前後で肩もフルに動かせるようになります。つまり剪除法より1、2週間早く復帰できます。
どのような手術においても効果がある反面ある程度のリスクはつきものです。
手術を受けられるときは必ずそのリスクについても説明を受けご理解下さい。
腫れ、痛み、化膿(感染)、出血など、一般的な手術後合併症のリスクは稀ですが有り得ます。
剪除やクアドラカット特有の合併症としては、
これら合併症は、手術手技の問題でも起こりますが、患者さま自身の安静、体質、セルフケアなどによっても経過が変わります。